2021. 05. 13 「人間は二度死ぬ」
本日だけは、「重いタイトル」をお許し下さい。 作詞家、エッセイストなど幅広い分野で活躍された永六輔氏の名言「人間は二度死ぬ」。
「人間は二度死にます。 まず死んだ時。 それから忘れられた時。」
一度目の死は、医学的に死亡が確認されたとき。 しかし記憶にとどめてくれる人がいる限り、たとえ死んでもその人の心の中で生き続けることになります。 従って、二度目の死は全ての人の記憶から忘れ去られたとき、だそうです。
本日、協会研究理事の奥村忠彦氏の葬儀告別式が執り行われました。 ご家族より「本人は最期まで仕事をするために回復したいという思いであった」との挨拶があったそうです。 コロナ禍の家族葬のため参列はできませんでしたが、会員企業の皆様、知人、友人から多くの生花が奥村氏を覆いつくしたようです。 この場を借りて御礼申し上げます。
奥村さん、協会はあなたの事を忘れる事はできそうにありません...。
(本日の担当:k)
人は二度死ぬ 永六輔
フランスの哲学者、 ジャンル.ジャック.ルソーは、 「人は二度生まれる。 一度目の誕生は、この世に生を受けたとき。 二度目は、自分に内在する奇蹟の力に 100%の確信をもったその瞬間。 二度目の誕生から真に生きることが始まる」 と言っております。 過日亡くなった永六輔さんは、 「人は二度死ぬ」と言っている。 「最初の死は肉体の死。 そして二度目の死は、 その存在を思い出してくれる人が 一人も居なくなったとき」といいます。 ルソーの言うところは人間の霊性のことだろうか。 ちょいと分かりづらい。 永さんの言うのは素直にうなづいてしまう。 したがつて秦の始皇帝もナポレオンも まだ第二の死を迎えていない。 人の意識の面白さよ。 いやされ本舗 楽人 自然豊かな沖縄本島北部。
本部町。
空・太陽・山・海。
癒やされるための空間がそこにはあります。
立て板に水の語り口でありながら、常にユーモアを忘れない話術で人々を楽しませた永六輔さん。 素顔の永六輔さんはどんな人だったのでしょう。 ゆかりのある人たちが、その人となりについて語っています。 娘の麻理さんは、 ほんと照れ屋なので、言いたいことも手紙で書く。 それを私たちの部屋の前に置いてって。 さだまさしさんは、 他人とのつきあいの距離感を変えない人。 マネージャーは、 他人の悪口を一切言わなかった。 ジャーナリストの矢崎泰久さんは、一見ぶっきらぼうに見える永六輔さんの言動の裏には、声なき人たちを代弁したいという思いがあったと話します。 永さんのあだ名を「ためにちゃん」てつけるんですよ。 誰かのためにというと、すごい頑張るんですよ、彼が。 「また、ためにちゃんやってる」なんて言ってね。 自分よりは誰かのためになること、誰かが喜ぶことに何かすることが自分がうれしいんですよ。 パーキンソン病を患い、身体の自由もままならない中で、永六輔さんは東日本大震災の被災地に足を運び、被災者の声に耳を傾けました。 永六輔の名言、「人間は二度死ぬ」とは? 言葉の天才、言葉の職人と呼ばれた永六輔さん。 時代が移り変わっても色褪せない名言を数多く残しています。 特徴は、難しい言葉をやわらかく教えてくれるわかりやすさでしょう。 例えば、「色即是空(しきそくぜくう)」。 永六輔さんはこれを「ドーナツの穴」としたうえで、「ないけどある、あるけどない」と説明。 今回は「人間は二度死ぬ」という名言を紹介しましょう。 人間は二度死にます。 まず死んだ時。 それから忘れられた時。 一度目の死は、医学的に死亡が確認されて、肉体が滅んだ時だと永六輔さんは言います。 しかし死者のことを思い続け、記憶にとどめてくれる人がいる限り、たとえ死んでもその人の心の中で生き続けることになります。 二度目の死は、全ての人の記憶から忘れ去られた時。 覚えている人が誰一人いなくなった時に、人間はこの世から完全に消え去るということです。 死生観は人によって多様ですが、大切な人の死が悲しみだけでなく勇気を与えてくれたり、愛する心を取り戻させてくれたりする場合もありますね。 そのような時、死者はその人の心の中で生き続けていることになるのでしょう。 かつて敗戦を乗り越え、経済成長をとげていく時代に、永六輔さんが紡いだ言葉は日本人の心を力づけました。 今を生きる私たちにとっても、上を向いて歩くための教科書になりそうです。 永六輔の孫(たくみ)は東大生で作家志望。兄は俳優!息子は?